リソースが限られた中小企業が実践する 複数のプロジェクトをアジャイルに管理する現実解
リソースが限られた中小企業では、一人のメンバーが複数のプロジェクトや定常業務を兼任している状況が一般的です。こうした環境でアジャイル手法を取り入れ、複数のプロジェクトを効果的に管理し、納期遅延やコミュニケーションの非効率を解消することは、現場のプロジェクトマネージャーやチームリーダーにとって大きな課題となります。
この記事では、リソース制約のある中小企業が、複数のプロジェクトをアジャイルの考え方を取り入れて管理するための現実的なアプローチと具体的なヒントをご紹介します。
中小企業で複数のプロジェクト管理が難しい理由
中小企業において、複数のプロジェクトを同時並行で進める際に生じる主な課題は以下の通りです。
- リソースの分散: 限られた人員が複数のプロジェクトに分散するため、各プロジェクトに十分な時間を確保しづらい。
- 兼任によるコンテキストスイッチ: 一日の間に複数のプロジェクトの作業を切り替える必要があり、思考の切り替えに時間がかかり、集中力が削がれる。
- 優先順位の不明確さ: 各プロジェクトの重要度や緊急度が常に変動し、どのプロジェクトのどのタスクに優先的に取り組むべきか判断が難しい。
- プロジェクト間の情報共有不足: プロジェクトごとに情報がサイロ化しやすく、全体の状況把握や共通課題の発見が遅れる。
- 計画と実績の乖離: 兼任者の負荷が正確に把握できず、計画通りに進まないことが多い。
これらの課題は、アジャイルが本来得意とする「変化への対応」や「チームでの協調」を阻害する要因となります。
複数のプロジェクトをアジャイルに管理するための基本的な考え方
複数のプロジェクトをアジャイルの視点で管理する場合、以下の点を重視します。
- 全体の最適化: 個々のプロジェクトの成功だけでなく、組織全体として最も価値の高い成果を継続的に生み出すことを目指します。
- 透過性の向上: 各プロジェクトの状況、メンバーの負荷、全体としての優先順位などを可能な限り見える化します。
- 柔軟なリソース配分: 全体の優先順位に基づき、リソースを柔軟に再配分できる仕組みを整えます。
- コミュニケーションの効率化: プロジェクトを跨いだ情報共有や意思決定を迅速に行えるようにします。
「完全にスクラムで管理する」といった厳格な手法ではなく、アジャイルの原則やプラクティスの中から、自社の状況に合わせて取り入れられる要素を選択・応用することが現実的です。
具体的な実践方法とヒント
1. 全体バックログと優先順位付け
個々のプロジェクトごとにバックログを持つだけでなく、組織全体の「全体バックログ」のような考え方を取り入れます。
- 全体バックログ: 進行中の全てのプロジェクトのタスクや要求、さらには定常業務の一部もこのバックログに集約します。
- 優先順位付け: 全体バックログの各項目に、ビジネス上の価値や緊急度などの基準に基づいて優先順位を付けます。これにより、どのプロジェクトのどのタスクが最も重要かが明確になります。
- 意思決定: 全体バックログの優先順位付けは、プロジェクトリーダーや関係者を集めた短時間の会議(例: 週に一度の「ポートフォリオレビュー」)で行うことが効果的です。
既存のツール(Trello, Asanaなど)を活用する場合、全てのタスクを一つのボードやプロジェクトに集約し、ラベルやカスタムフィールドで「プロジェクト名」や「優先度(高/中/低)」などを設定することで実現できます。
2. チームメンバーの負荷とWIP(仕掛り)の制限
兼任メンバーの負荷を可視化し、同時並行で進めるタスク数を制限(WIP制限)することが重要です。
- 負荷の可視化: チームメンバーは自身の担当タスク(全体バックログから取得)を共有し、現在取り組んでいるタスク、次に着手するタスクなどを明確にします。個人のカンバンボードやタスクリストを共有する方法が考えられます。
- WIP制限: 一人のメンバーが同時に「着手中」とするタスク数を意識的に制限します。これにより、コンテキストスイッチを減らし、一つのタスクに集中して完了させることを促します。TrelloやAsanaの特定のカラム/セクションにWIP制限を設ける機能や、ツール上で「進行中」とステータスをつけられるタスク数をチームで取り決めるなどの方法があります。
- 計画時の調整: 全体バックログの優先順位に基づき、チーム全体のキャパシティ(メンバーの利用可能時間)を考慮して、次に着手するタスクやプロジェクトの組み合わせを計画します。無理な同時進行は避け、優先度の高いものから順に完了させるようにします。
3. 短時間の同期と情報共有
複数のプロジェクトを跨いだ短い同期会議や、効率的なコミュニケーションチャネルを活用します。
- プロジェクト横断デイリースタンドアップ: 各プロジェクトチーム内でのデイリースクラムとは別に、兼任が多いメンバーやプロジェクトリーダーが集まる、より短い(例: 5-10分)全体での同期会議を設けることも有効です。ここでは、プロジェクトを跨いだ共通の課題や blockers(阻害要因)に焦点を当てます。
- コミュニケーションツールの活用: SlackやTeamsなどのコミュニケーションツールで、プロジェクトごとのチャンネルに加えて、全体共有や特定のテーマ(例: 「AプロジェクトとBプロジェクトの連携」)に関するチャンネルを作成します。メンション機能を活用し、必要な情報が適切なメンバーに迅速に届くように工夫します。
4. 柔軟な計画とふりかえり
厳密なスプリントサイクルを全てのプロジェクトに適用するのが難しい場合でも、計画とふりかえりの考え方を取り入れます。
- 全体計画: 週次や隔週などで、全体バックログを確認し、次の期間でチーム全体としてどこまで進めるかを大まかに計画します。各メンバーは、この全体計画と個人のキャパシティを踏まえて、担当するプロジェクトやタスクを決定します。
- ふりかえり: 一定期間ごと(例: 月に一度)に、複数のプロジェクトの進行状況や、兼任による課題、プロジェクト間の連携状況などをテーマに、チーム全体でふりかえりを行います。何がうまくいき、何が課題か、次に何を改善するかを話し合います。
中小企業が複数のプロジェクトでアジャイルを導入する際の課題と解決策
課題: 上層部への報告と全体の進捗管理
複数のプロジェクトが動いている状況を上層部に分かりやすく報告し、全体としての進捗を管理する必要があります。
- 解決策: 全体バックログの消化状況や、各プロジェクトの完了見込み(簡単なバーンダウンチャートや、完了した価値のサマリーなど)を定期的に報告します。リソースの偏りやボトルネックになっている箇所を可視化し、必要な支援を求める際の根拠とします。既存のタスク管理ツールのダッシュボード機能を活用できるか検討します。
課題: ツール導入のコストと複雑さ
複数のプロジェクトを横断して管理できる高機能なツールは高価だったり、導入・運用が難しかったりします。
- 解決策: 既に利用している既存ツール(Trello, Asana, Redmine, Backlogなど)を最大限に活用する方法を検討します。前述のように、ラベル、カスタムフィールド、複数のボード/プロジェクト連携機能などを工夫して使用します。必要であれば、限定的な機能を持つ無料または安価な連携ツールやプラグインの利用も検討します。
課題: チームメンバーの意識統一とモチベーション維持
複数のプロジェクトにまたがるメンバーの意識を統一し、全体の目標達成に向けてモチベーションを維持することが重要です。
- 解決策: 全体バックログの優先順位付けの根拠(なぜこのタスクが今最優先なのか)をチーム全体で共有します。各メンバーが担当するタスクが、全体のどの目標に貢献するのかを明確にします。定期的なふりかえりを通じて、メンバー間の連携状況や個人の課題に耳を傾け、改善に繋げます。
まとめ
リソースが限られた中小企業が複数のプロジェクトをアジャイルに管理することは容易ではありません。しかし、「全体の最適化」「透過性の向上」「柔軟なリソース配分」「コミュニケーションの効率化」といったアジャイルの基本的な考え方を取り入れ、既存ツールを工夫して活用することで、より効果的な管理を目指すことは可能です。
全体バックログによる優先順位付け、WIP制限による負荷管理、短い同期と効率的な情報共有、そして定期的なふりかえりを実践することで、中小企業でも複数のプロジェクトを無理なく、かつ柔軟に進めることができるでしょう。まずは小さな一歩として、全体バックログの作成や、短時間のプロジェクト横断同期を試してみてはいかがでしょうか。継続的な改善を通じて、自社に最適なアジャイルな多プロジェクト管理手法を確立してください。